礼拝でのお話
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シティーチャーチ
メッセージ20090927
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築き上げるため
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28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」 
マタイの福音書11章28−30節
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14 神よ。私の救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌うでしょう。
15 主よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。
16 たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。
17 神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。
18 どうか、ご恩寵により、シオンにいつくしみを施し、エルサレムの城壁を築いてください。
19 そのとき、あなたは、全焼のいけにえと全焼のささげ物との、義のいけにえを喜ばれるでしょう。そのとき、彼らは、雄の子牛をあなたの祭壇にささげましょう。
詩篇51篇14-19節
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<祈り>

皆さんおはようございます。
聖なる聖なる聖なる主を称えます。
主は、私たちを愛し導いて下さる方。
私たちを、主の御身体として築き上げて下さる方です。
この方を覚えて御言葉を聞いて参りましょう。

さてでは、いつものように、聖書の通読箇所を見てまいりましょう。
旧約聖書が、イザヤ書。
新約聖書が、コリント人への手紙第二からガラテヤ書に入ります。
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聖書通読箇所
9月27日(日)[ ]イザ3-5 /[ ]Uコリ11
9月28日(月)[ ]イザ6-8 /[ ]Uコリ12
9月29日(火)[ ]イザ9-10 /[ ]Uコリ13
9月30日(水)[ ]イザ11-14 /[ ]ガラ1
10月1日(木)[ ]イザ15-18 /[ ]ガラ2
10月2日(金)[ ]イザ19-21 /[ ]ガラ3
10月3日(土)[ ]イザ22-24 /[ ]ガラ4
10月4日(日)[ ]イザ25-27 /[ ]ガラ5
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イザヤ書は、聖書の中の聖書と言われます。
まず、新旧の聖書でその中央に位置します。
また、イザヤ書は、66章あり、これは、新旧あわせた聖書の数66巻と同じです。
そして、キリスト預言が数多く書かれており、旧約と新約を結ぶ帯でもあります。
是非、皆さんお読み下さい。
コリント人への手紙第二は、本日の聖書箇所ですし、これまで見てきておりますが、
これに続くガラテヤ書は、信仰義認という私たちキリスト教の最も大切な教義がわかりやすく説明されているところです。
もし、信仰についてもっと知りたいと考える方は、是非、この箇所を読んで下さい。

皆さん共に聖書を読みましょう。
聖書の御言葉は、皆さんの霊の糧です。
皆さんの内なる人とも言われる霊は、この霊の糧を得ることにより成長します。
それは、また信仰の成長でもあります。
そして、この糧は、ご自身が天からのパンだと言われたイエス様ご自身でもあります。
是非、皆さん。聖書をお読み下さい。

では、本日の聖書箇所をお読みいただきましょう。
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【 聖書箇所 】コリント人への手紙第二13章1-13節
・新改訳Up330(贈呈p288英対p552)
・新改訳Vp361英対p402(贈呈p329)・口語訳p292
・新共同訳p341 (贈呈p341英対p512)
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司会者お願いします。
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【 聖書箇所のテキスト 】
13:1 私があなたがたのところへ行くのは、これで三度目です。すべての事実は、ふたりか三人の証人の口によって確認されるのです。
13:2 私は二度目の滞在のときに前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯している人たちとほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦
はしません。
13:3 こう言うのは、あなたがたはキリストが私によって語っておられるという証拠を求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱くはなく、あなたがたの間にあって強い方です。
13:4 確かに、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対する神の力のゆえに、キリストとともに生きているのです。
13:5 あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか。――あなたがたがそれに不適
格であれば別です。――
13:6 しかし、私たちは不適格でないことを、あなたがたが悟るように私は望んでいます。
13:7 私たちは、あなたがたがどんな悪をも行なわないように神に祈っています。それによって、私たち自身の適格であることが明らかになるというのではなく、たとい私たちは不適格のように見えても、あなたがたに
正しい行ないをしてもらいたいためです。
13:8 私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。
13:9 私たちは、自分は弱くてもあなたがたが強ければ、喜ぶのです。私たちはあなたがたが完全な者になることを祈っています。
13:10 そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったとき、主が私に授けてくださった権威を用いて、きびしい処置をとることのないようにするためです。この権威が与えられたのは築き上げ
るためであって、倒すためではないのです。
13:11 終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
13:12 聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。
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ありがとうございます。では、続いて主題聖句を言いましょう。
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【 主題聖句 】
あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。
コリント人への手紙第二13章5節
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では、この所から、
「築き上げるため」
と題しまして、御言葉をみて参りたいと思います。

さて、今回の箇所で、丁度、コリント人への手紙は最後です。

今回の箇所のはじめに、パウロは、コリントへの訪問が三度目だといっています。
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私があなたがたのところへ行くのは、これで三度目です。すべての事実は、ふたりか三人の証人の口によって確認されるのです。
コリント人への手紙第二13章1節
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そして、これに続く節でこう書いてあります。
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2 私は二度目の滞在のときに前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯している人たちとほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦は
しません。
3 こう言うのは、あなたがたはキリストが私によって語っておられるという証拠を求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱くはなく、あなたがたの間にあって強い方です。
コリント人への手紙第二13章2-3節
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パウロはまだ、罪を犯している人々に、悔い改めを迫っています。
そして、三度目の訪問がそのためであると伝えています。
ところで、ここで、見て欲しいのですが、コリントで罪を犯している人の中には、
「あなたがたはキリストが私によって語っておられるという証拠を求めているからです。」
と、書いてあります。

また、この少し前、12章にこうあります。
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あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築
き上げるためなのです。
コリント人への手紙第二12章19節
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パウロたちが、キリストによって語っているかどうかという事と、コリントの人々と どう関係があるのでしょうか?

時々、罪について、このことは罪ですかと聞かれる事があります。 聖書になんと書いてありますか?
と聞くと、
聖書には罪だと書いてあります。
と、お答えになります。
そして、さらに聞かれるのです。
なぜ罪ですか?

皆さん。聖書の御言葉、聖書の戒めには、理由は要りません。
イエス様は、言われました。
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だから、あなたがたは、『はい。』は『はい。』、『いいえ。』は『いいえ。』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。
マタイの福音書5章37節
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この箇所は誓いについて語っておられるところです。
しかし、原則は同じです。

私たちは、神様の前で、『はい。』は『はい。』、『いいえ。』は『いいえ。』
で無ければならないのです。

それは、神様の前で正直であること、また、神様にへりくだりゆだねることです。

たとえば、イエス様は言われました。
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しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし。』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者。』と
言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。
マタイの福音書5章22節
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皆さん。兄弟を憎むのではなく、腹を立てただけで、さばきを受けるのです。
ああ、もう無理だと思いませんか?

なんとか逃げる道が無いかと考えます。
そこで、言うのです。
なぜですか?

そして、その理由にあれこれ言い訳をつけて、逃げようとするのです。
しかし、主の御手は追いかけてきます。

また、もう一つの手があります。
そのことを教えてくれた人が間違っていることにすることです。
そこで、彼らは、パウロの教えがキリストからではないと言いたかったのです。

パウロの教えを曲げたり、パウロを否定したり、そのことで、自分たちは罪の中に安堵しようとしたのです。

もう一つ聖書箇所を見て見ます。聖書は言います。
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さばいてはいけません。さばかれないためです。
マタイの福音書7章1節
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これも難しい。
だから、あの人はさばかれて当然だとか、なんとか理由を見つけようとする。
しかし、御言葉ははっきりしています。
さばいてはいけません。

ところで、聖書にはこうも書いてあります。
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しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。
コリント人への手紙第一11章31節
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いいですか?自分をさばく、つまり自分の罪を認めるなら、さばかれないのです。

聖書には、いくつかの原則があります。
信仰による義と言う原則があります。
罪と死とう原則もあります。
身代わりの死という原則があります。

しかし、これも一つの原則です。
つみを認めるなら裁かれない。
これは、重要な原則です。

皆さん。
だから、先ほどの腹を立てるというお話。
なんとか逃げようとする必要はありません。

あなたは、腹を立ててしまうという自分の罪を正直にイエス様の前に持っていけばいいのです。
そこに赦しが来ます。
そして、その赦しは、あなたを罪から解放するのです。

いいですか?
あなたが頑張って罪から離れたから神様が喜んで下さるのではありません。

もし、罪から離れることが出来たら、それはあなたではなくあなたの中で働かれる聖霊様です。

ですから、誰も誇ることは出来ないのです。
パウロはローマ人への手紙の中でこういいます。
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あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。
ローマ人への手紙11章18節
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根があなたを支えている。
あなたを支えているのはイエス様です。

だから、自分がこれをやりました。この罪を離れましたと主に誇ることなど出来ないのです。

このことについても、今回の箇所にこうかいてあります。
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私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。
コリント人への手紙第二13章8節
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真理とはすなわちイエス様です。
私たちはイエス様にあってなすことができるのです。

さて、パウロたちが、自分たちの立場をはっきりさせる必要があったのは、
パウロたちは、わざわざ、キリストにあって語っている言わなければならなかったのは、
人々が自分の罪を認めるためです。

では、なぜ、人々は罪を認める必要があったのですか?
それは、罪を認め、悔い改めることなしに、彼等が立てあげられることはないからです。

また、人は、罪によって、御言葉を拒みます。

ところが、御言葉によらなければ人は本当は、立てあげられる事は出来ないのです。
パウロは、彼等がキリストのからだとしてたて上げられるために、このことを語っているのです。
先ほど引用した12章19節にもそのことが書いてあります。
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あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築
き上げるためなのです。
コリント人への手紙第二12章19節
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そして、また、パウロはいいます。
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9 私たちは、自分は弱くてもあなたがたが強ければ、喜ぶのです。私たちはあなたがたが完全な者になることを祈っています。
10 そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったとき、主が私に授けてくださった権威を用いて、きびしい処置をとることのないようにするためです。この権威が与えられたのは築き上げる
ためであって、倒すためではないのです。
コリント人への手紙第二13章9-10節
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パウロの願いは何ですか?
それは、彼等が完全なものとなることです。

パウロが大急ぎで語る結びの言葉に、この完全なものの姿があります。
喜びに満ち、神様からの慰めを受け、一つとなり、平和を保ち、愛と平和の神がともに居られる、互いに愛し合う教会。
それは、神様ご自身が願っておられる教会の姿です。
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11 終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
12 聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。すべての聖徒たちが、あなたがたによろしくと言っています。
13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。
コリント人への手紙第二13章11-13節
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それを実現させるのは何ですか?
人間の力ではありません。
主イエスキリストの恵み。神の愛。聖霊様との親しい交わりです。

毎回の礼拝で祝祷の時に引用するのはこの箇所です。

それは、ただのお題目ではありません。
父、子、聖霊様の力によるのでなければ、教会が築き上げられることは出来ないのです。

父子聖霊の神様、三位一体の神様と共に歩み、豊かな祝福を受けましょう。
そして、神様によって立てあげられて参りましょう。
そのために、聖書を読み祈りましょう。

お祈りしましょう。

<祈り>

[[祈りの課題]]・御言葉への応答・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。八幡の教会の事件で傷ついた人々の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
 (テロからの守りの為に。テロリスト達が悔い改める為に)
・日本の政治が正しく行われるように。
・台風、ハリケーン、地震、津波等の自然災害、事故、テロの被害者の為。対策と復興の為に。
・主がこの日本の子ども達と子ども達にかかわる人々を守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。



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シティーチャーチメッセージ20090927 築き上げるため
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