礼拝でのお話
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シティーチャーチ
メッセージ20080803
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恵みにより信仰による救い 
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11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」 
マタイの福音書11章28−30節
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<祈り>

皆さんおはようございます。

聖なる聖なる聖なる主を称えます。

主は、その愛により、恵みによって、私たちを救って下さる方です。
この方を覚えて御言葉を聞いてまいりましょう。

御言葉に入る前に、皆さん。
お祈りありがとうございました。
サマーキャンプが無事終わりました。

楽しい、素晴らしいひと時でした。
皆様のお祈り、ご参加、ご協力に感謝します。

沢山の写真をとりましたので、是非またご覧下さればと思います。
また、参加者一人一人に、信仰の火が聖霊様によって燃えあがるように祈ります。

<いのり>

感謝します。では、いつものように、聖書通読箇所を見てまいりましょう。

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8月3日(日)[ ]詩6-9 /[ ]ロマ2
8月4日(月)[ ]詩10-15 /[ ]ロマ3:1-18
8月5日(火)[ ]詩16-18 /[ ]ロマ3:19-31
8月6日(水)[ ]詩19-22 /[ ]ロマ4
8月7日(木)[ ]詩23-27 /[ ]ロマ5
8月8日(金)[ ]詩28-31 /[ ]ロマ6
8月9日(土)[ ]詩32-35 /[ ]ロマ7
8月10日(日)[ ]詩36-38 /[ ]ロマ8:1-17
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聖書の通読箇所は、旧約聖書が詩篇
新約聖書がローマ人への手紙です。

詩篇は、じっくりと読むと、大変心に慰めの与えられるものです。
23篇などは、羊飼いである主の恵みを歌った詩で、主の強い御手を覚えます。

また、ローマ人への手紙は、このキリスト信仰について、非常に重要な箇所です。
是非、皆さんお読み下さい。

さて、ではこのローマ人への手紙の中から、本日の聖書箇所をお読みいただきましょう。
本日の聖書箇所は、ローマ人への手紙3章です。
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【 聖書箇所 】 ローマ人への手紙3章19-31節
・新改訳Up269(贈呈p236英対p450)
・新改訳Vp293(贈呈p270)・口語訳p236
・新共同訳p277 (贈呈p277英対p423)
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司会者お読み下さい。

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【 聖書箇所のテキスト 】
3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
3:21 しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。
3:22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
3:24 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
3:25 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見
のがして来られたからです。
3:26 それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。
3:27 それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。
3:28 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。
3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人にとっても神ではないのでしょうか。確かに神は、異邦人にとっても、神です。
3:30 神が唯一ならばそうです。この神は、割礼のある者を信仰によって義と認めてくださるとともに、割礼のない者をも、信仰によって義と認めてくださるのです。
3:31 それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、律法を確立することになるのです。
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さて、では、主題聖句を言いましょう。

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【 主題聖句 】
ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
ローマ人への手紙3章24節
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では、今日はこのところから、
「恵みにより信仰による救い」
と題しまして、御言葉を見てまいりましょう。

今回からローマ人への手紙へと入っていきます。

このローマ人への手紙は、使徒パウロの書いたものです。
これが、その冒頭の言葉です。
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1:1 神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、
1:2 ――この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、
1:3 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、
1:4 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
1:5 このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためなのです。
1:6 あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です。――このパウロから、
1:7 ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。
1:8 まず第一に、あなたがたすべてのために、私はイエス・キリストによって私の神に感謝します。それは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。
ローマ人へ手紙1章1-8節
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この書は、ここにあるように、パウロが、ローマの人々に書いたものといわれます。

書かれたのは、おそらく、第三次伝道旅行でコリントにいた時であったと思われます。

この書は、キリスト教信仰とは何かという事について知る上で、最も重要なところです。

いま、ここで、共に御言葉を分かち合いますが、またそれぞれ、ご自身でもお読み下さい。

さて、聖書箇所は、3章でした。

この中で、3章20節には、こう書いてあります。

この箇所は、信仰の基本ともなる箇所です。
もう一度、皆さんで一緒に見直して見たいと思います。
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なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
ローマ人への手紙3章20節
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このことから一つのポイントがわかります。
それは、
・律法をおこなうことでは、義と認められない
ということです。

一般に宗教は、なにか戒めをまもり行う事により、さとりをえる、天国にいく、極楽にいくと考えます。
しかし、この聖書の言葉は、そのことを真っ向から否定します。
それはなぜでしょう。御言葉はこういいます。
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3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
ローマ人への手紙3章23節
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全ての人は、罪をおかした罪人である。
これは大事なポイントです。

・全ての人は、罪を犯した

わたしたちはみな、良いか悪いかではなく、神の前では、すでに罪を犯した罪人であるということです。
このことをヨハネはさらに厳しくこういいます。

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もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
ヨハネの手紙第一1章10節
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神の言葉が、私達の内にあれば、私たちは、自分自身の罪をより明確に悟るのです。

それで、私たちには、行いとは別な義が必要なのです。
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すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
ローマ人への手紙3章23-24節
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そして、それは、律法とは別の義であり、信仰によって受け取る義です。

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21 しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。
22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
ローマ人への手紙3章21-22節
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そして、それは、信仰によって与えられる義なのです。
・信仰によって神の義は与えられる。

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27 それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。
28 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。
ローマ人への手紙3章27-28節
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・信仰によって律法は成就される。

律法の目指すところである義は、信仰によって確立されます。
ですから、信仰は、律法を確立するのです。

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それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、律法を確立することになるのです。
ローマ人への手紙3章31節
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イエス様はその律法の成就の為に来たといわれます。

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わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。
マタイの福音書5章17節
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そもそも義とはなんでしょうか?
義というと、何かルールを守っていることだと考えます。
しかし、聖書における義は、そうではありません。
それは、神様との正しい関係です。

そもそも、私たち人類が、義を失ったのはいつですか?
それは、エデンの園での出来事です。
アダムとエバは、神様の戒めをやぶりました。
そのため、義ではなく、罪の中に生きるものとなりました。
しかし、その時に、失った義とは、つまり、神様との愛の関係、親しい関係なのです。

聖書の言う義とは、神様との正しい関係、そして、罪とは、神様との正しい関係から外れていることです。

律法は、神様との正しい関係の結果を表しています。

モーセの律法は、日本語では、殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならないと書かれています。
しかし、これらは、もともと、あなたは殺さない、姦淫しない、盗まないということばでした、
それは、行いの規範ではなく、結果なのです。
そして、その結果を生み出すのは、神様との正しい関係です。

ですから、本来、神様との正しい関係があって、律法は行われるものであり、
律法を守って神様との正しい関係が出来るのではないのです。

つまり、信仰による神との関係こそが、律法の成就なのです。

これは、行いによっては得られません。
ただ、神の愛によって恵みによって与えられ、それは、神の前に謙る信仰によって受け取るのです。

この関係をとりもどすために、神様はご自身の愛をしめされました。

人はいいます。
神がいるなら、姿を見せてくれ、神が愛しているというなら、示してくれ。

神様は、人類の歴史の中でただ一度、その叫びにお答えになりました。
それが、イエス様の十字架です。

神様は、ご自身の愛を示す為に、ご自身のひとり子をお与えになりました。
そして、神のひとり子イエス様は、その父なる神様の愛を示すために、十字架で死なれたのです。

この十字架には、神の愛と恵みが示されています。
そして、これを受け止める事が信仰なのです。

このことを信じた人は、神の愛を信じた人です。
そして、その人は、イエス様と一つとされたのです。

信仰の結果、私たちはキリストに留まります。
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わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
ヨハネの福音書15章5節
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そこに、義の実が出来るのです。
その実は、御霊の実であり、また、義の実です。
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22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
ガラテヤ人への手紙5章22-23節
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この義は、ただ、恵みによります。
そして、このことを信じる信仰によって、値無しに義と認められるのです。

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ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
ローマ人への手紙3章24節
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祈りましょう。
[[祈りの課題]]・御言葉への応答・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。八幡の教会の事件で傷ついた人々の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
 (テロからの守りの為に。テロリスト達が悔い改める為に)
・日本の政治が正しく行われるように。
・台風、ハリケーン、地震、津波等の自然災害、事故、テロの被害者の為。対策と復興の為に。
・主がこの日本の子ども達と子ども達にかかわる人々を守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。




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シティーチャーチメッセージ20080803恵みにより信仰による救い 
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