礼拝でのお話
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シティーチャーチ
メッセージ20080511
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聖書と聖霊
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11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」 
マタイの福音書11章28−30節
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<祈り>

皆さんおはようございます。
聖なる聖なる聖なる主を称えます。
主は、私たちを愛し、良いものを与えて下さる方です。
その良いものとは、助け主聖霊様です。

今ここに、御言葉を悟らせてくださる聖霊様がおられる事を覚えて、御言葉を聞いて参りたいと思います。

本日は母の日です。そもそもお母さんの為の日というのは、世界的に様々な形であったようです。しかし、この母の日は、今から100年前1907年のアメリカで、アンナ・ジャービスという女性が、日曜学校の教師もし
ていたお母さんをしのび、教会に白いカーネーションを贈って記念会をしたのが始まりだそうです。その日は5月12日だったそうですが、それは、アメリカに大きく広まり、その習慣が日本にも取り入れられたというこ
とです。
教会が起源の行事ですが、日頃、大変な労苦をしておられるお母さん方の為に、今、祈りの時を持ちたいと思いますので、申し訳ありませんが、お母さん方お立ち上がり下さい。
では、この皆さんのことを覚えて、また、自分自身のお母さんを覚えて主に感謝し、祝福を祈りましょう。

<いのり>

ありがとうございます。

では、今日は、ペンテコステ礼拝です。
後ほど、聖霊様を求めて共に祈りたいと思いますが、まず、御言葉を見てまいりましょう。
まずは、通読の箇所です。

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5月11日(日)[ ]Uサム16-17 /[ ]ヨハ4:31-54
5月12日(月)[ ]Uサム18 /[ ]ヨハ5:1-29
5月13日(火)[ ]Uサム19 /[ ]ヨハ5:30-47
5月14日(水)[ ]Uサム20-21 /[ ]ヨハ6:1-21
5月15日(木)[ ]Uサム22 /[ ]ヨハ6:22-51
5月16日(金)[ ]Uサム23-24 /[ ]ヨハ6:52-71
5月17日(土)[ ]T列王1 /[ ]ヨハ7:1-24
5月18日(日)[ ]T列王2 /[ ]ヨハ7:25-53
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旧約聖書が、サムエル記第二から列王記第一に入ります。
安泰のようなダビデの治世も、ダビデ自身の罪により、影がさします。
しかし、ダビデがどこまでも主に向いていく中で、主はあわれみをもって、この王朝を守られます。
特に、24章では、エルサレムの神殿の立つ場所が定められます。
そして、王位はソロモンへと移されて行きます。

新約聖書はヨハネの福音書。
こちらは、後ほど、見て行きたいと思います。
皆さん聖書を読みましょう。

では、いつものように聖書箇所をお読みいただきましょう。
本日の聖書箇所は、ヨハネの福音書5章です。
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【 聖書箇所 】ヨハネの福音書5章36-47節
・新改訳Up167(贈呈p150英対p277)
・新改訳Vp183(贈呈p172)・口語訳p144
・新共同訳p173 (贈呈p173英対p267)
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では、司会者お願いします。
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【 聖書箇所のテキスト 】
5:36 しかし、わたしにはヨハネの証言よりもすぐれた証言があります。父がわたしに成し遂げさせようとしてお与えになったわざ、すなわちわたしが行なっているわざそのものが、わたしについて、父がわたしを遣わ
したことを証言しているのです。
5:37 また、わたしを遣わした父ご自身がわたしについて証言しておられます。あなたがたは、まだ一度もその御声を聞いたこともなく、御姿を見たこともありません。
5:38 また、そのみことばをあなたがたのうちにとどめてもいません。父が遣わした者をあなたがたが信じないからです。
5:39 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。
5:40 それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。
5:41 わたしは人からの栄誉は受けません。
5:42 ただ、わたしはあなたがたを知っています。あなたがたのうちには、神の愛がありません。
5:43 わたしはわたしの父の名によって来ましたが、あなたがたはわたしを受け入れません。ほかの人がその人自身の名において来れば、あなたがたはその人を受け入れるのです。
5:44 互いの栄誉は受けても、唯一の神からの栄誉を求めないあなたがたは、どうして信じることができますか。
5:45 わたしが、父の前にあなたがたを訴えようとしていると思ってはなりません。あなたがたを訴える者は、あなたがたが望みをおいているモーセです。
5:46 もしあなたがたがモーセを信じているのなら、わたしを信じたはずです。モーセが書いたのはわたしのことだからです。
5:47 しかし、あなたがたがモーセの書を信じないのであれば、どうしてわたしのことばを信じるでしょう。」
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ありがとうございます。

では、続いて、主題聖句を言いましょう。
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【 主題聖句 】
あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。
ヨハネの福音書5章39節
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では、今日はこのところから、
聖書と聖霊
と題しまして御言葉を見てまいりたいと思います。

さて、皆さん。
ペンテコステおめでとうございます。
復活祭と同じで、この日も、私たちクリスチャンにとってお祝いの日です。
それは、聖霊様が下られた事を記念する日だからです。

わたしたちは、ペンテコステがそのまま、聖霊降臨の日だと考えますが、そもそもその日はユダヤの祭りです。ユダヤ人の間では、モーセが、シナイ山で律法を受け取った記念の日だとも言われます。
この日はそういった意味でも、御言葉の日です。

出来事を見てみましょう。五旬節の日、朝の九時に聖霊様が望まれ、そして、教会がそこに誕生しました。

その五旬節は、聖書辞典を開くとこう書いてあります。

過越の祭に続く種を入れないパンの祭で大麦の初穂をささげてから七週間後,50日目の祭である.このことから,ギリシヤ語のペンテーコストス(50番目の)を語源として,五旬節とも呼ばれる.
この祭は,大麦の収穫の終りを告げ,同時に小麦の収穫の始まりを告げている.また,イスラエルの男子は年に3度神の前に出るように命じられているが,そのうちの1回がこの祭である

これで、ほうなるほどと思われたら、結構聖書について良くわかっておられる方だと思います。

その言葉は、50日目ということです。ペンテコステという言葉もそれに由来します。
それは、七週の祭りとも言われいます。
一週間は七日ですからこれが、七週で49日です。

過越しの祭りのあと、初穂の日と呼ばれる日があり、そこから49日が経って50日目が、五旬節です。
それは、イエス様が死者の中から初穂として蘇られてから、50日目でもあります。

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五旬節 ペンテコステ ペンテーコストス(50番目のを意味するギリシャ語)
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その日、聖書の約束の通り、聖霊様が下られました。
このことを、使徒の働きの中で見てみましょう。
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8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。2 すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。3 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの
上にとどまった。4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

16 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。17 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。18 その日、わ
たしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
使徒の働き 1章8節 2章1-4節 2章16-18節
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これが、ペンテコステの出来事です。
聖様は信じる全ての者に下られました。
そして、今も、私たちが求めるなら、聖霊様は注がれます。

確かに聖霊様は、そのとき信じる全ての者に下られました。

ところで、そのペンテコステに、主は、私達の為に、先ほどお読みいただいた箇所を開いて下さいました。
この冒頭、イエス様は、さらに優れた証言として、そのわざそのものが、といわれます。
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しかし、わたしにはヨハネの証言よりもすぐれた証言があります。父がわたしに成し遂げさせようとしてお与えになったわざ、すなわちわたしが行なっているわざそのものが、わたしについて、父がわたしを遣わした
ことを証言しているのです。
ヨハネの福音書5章36節
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では、そのわざはどこから来たのでしょうか?
ルカの福音書を少し見てみましょう。
イエス様が洗礼を受けられた時の事は先週みました。
そのとき、聖霊が下られました。
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21 さて、民衆がみなバプテスマを受けていたころ、イエスもバプテスマをお受けになり、そして祈っておられると、天が開け、
22 聖霊が、鳩のような形をして、自分の上に下られるのをご覧になった。また、天から声がした。「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」
ヨハネの福音書3章21-22節
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この聖霊に満ちたイエス様は、荒野にいかれました。
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1 さて、聖霊に満ちたイエスは、ヨルダンから帰られた。そして御霊に導かれて荒野におり、
2 四十日間、悪魔の試みに会われた。その間何も食べず、その時が終わると、空腹を覚えられた。
3 そこで、悪魔はイエスに言った。「あなたが神の子なら、この石に、パンになれと言いつけなさい。」

13 誘惑の手を尽くしたあとで、悪魔はしばらくの間イエスから離れた。
14 イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。すると、その評判が回り一帯に、くまなく広まった。
15 イエスは、彼らの会堂で教え、みなの人にあがめられた。
ルカの福音書4章
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ここで、イエス様が聖霊の力で御業をなしておられる事がわかります。
イエス様ご自身、御言葉を用いてこのように言われます。
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18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。し
いたげられている人々を自由にし、
19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」
ルカの福音書4章18-19節
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いいですか?イエス様のこの御業は聖霊様の力によるものでした。
では、聖霊様は何をなさるのですか?
聖霊様は、御言葉に伴う信仰をあかしされます。

ヨハネの手紙第一の中にこう書かれたところがあります。
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6 このイエス・キリストは、水と血とによって来られた方です。ただ水によってだけでなく、水と血とによって来られたのです。そして、あかしをする方は御霊です。御霊は真理だからです。
7 あかしするものが三つあります。
8 御霊と水と血です。この三つが一つとなるのです。
ヨハネの手紙第一5章6-8節
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ヨハネは証しするものが三つあると言います。

御霊は、御言葉を証しします。
水は、悔い改めを証しします。
血は、契約と贖いの証しです。

御言葉の証しとはどういうことですか?
聖霊様が、御言葉を証しされるとは、すなわち、それが事実である事をしめされるということです。
つまり、主が癒し主であるという御言葉が証しされるなら、癒しが目に見えて起こります。
聖書の中のさまざまな奇跡は、その御言葉にともなって働かれる聖霊様によるのです。

マルコの福音書にこうかいてあります。
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そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕
マルコの福音書16章20節
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福音に伴うしるしも、聖霊様によります。

聖霊様が働かれなければ、何一つ起こりません。
ですからイエス様は言われました。
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しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
使徒の働き1章8節
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私達の福音宣教の働きも、この聖霊様の力なくして出来ません。

皆さん。この聖霊様の力が注がれた時、それが、ペンテコステです。
そして、そのとき、初めて、神の教会は地上に誕生したのです。

聖霊に満ちた生ける神の教会は、そのとき地上に誕生したのです。
そして、その教会は、今も生きています。
神の教会は、そのうちにおられる聖霊の力によって生きているのです。
しかし、その聖霊のなさることは、みことばに伴うしるしなのです。
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そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕
マルコの福音書16章20節
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聖霊様は、御言葉を証しされます。

今回の箇所で、イエス様は言われます。
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あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。
ヨハネの福音書5章39節
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御言葉は、イエス様を証しします。
それは、福音書だけではありません。
モーセから始まる聖書の全てが、イエス様について証ししています。
ここで、イエス様が聖書といわれたとき、まだ、新約聖書はないのです。
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初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
ヨハネの福音書1章1節
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そして、ヨハネが言うように、イエス様は、神の言葉そのものです。
ですから、聖書を読むとはどういうことですか?

それは、イエス様に触れる事です。
皆さん。私たちが聖書を読む事、それは、イエス様に触れる事です。

御言葉に表されるイエス様を、聖霊様は証しされます。
そうして、聖霊様は私達に語りかけ、また、御言葉を目に見える現実の事として下さるのです。

ペンテコステは、この聖霊様が、下られた日です。
それは、旧約聖書に約束された事柄でした。

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28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
ヨエル書2章28-29節
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皆さん聖霊を受けましょう。
しかし、一つ、私たちは聖霊を受ける上で、大切な条件を聖書から見ます。

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21イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」
22そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。
23 あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」
ヨハネの福音書20章21-23節
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ここで、イエス様はまず、私たちを遣わすといわれ、聖霊を受けるように言われ、そして、言われます。誰かの罪を赦すなら。

これは、御霊の働きの為の大切な事柄です。
いま、私たちは、祈りましょう。
まず、あなたに害を加える人を赦しますと祈りましょう。
<祈り>
さあ、皆さん聖霊様を求めて祈りましょう。
聖霊様いまここに働いて下さい。
聖霊様歓迎します。
お祈りしましょう。
<祈り>
では、最後に課題の祈りを祈りましょう。

<いのり>


[[祈りの課題]]・御言葉への応答・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。八幡の教会の事件で傷ついた人々の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
 (テロからの守りの為に。テロリスト達が悔い改める為に)
・日本の政治が正しく行われるように。
・台風、ハリケーン、地震、津波等の自然災害、事故、テロの被害者の為。対策と復興の為に。
・主がこの日本の子ども達と子ども達にかかわる人々を守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。



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