礼拝でのお話
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シティーチャーチ
メッセージ20051016
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天にあるものを思う
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11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
マタイの福音書11章28−30節
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---祈り---

皆さんおはようございます。
聖なる聖なる聖なる主を称えます。
主は、天におられ、全てを治めておられるかた。
やがて、この世にこられる方、
今も、聖霊様によって臨在される方です。
この方を覚えつつ、主の言葉を聴いてまいりましょう。

さて、では、早速ですが、いつものように、御言葉をお読みいただきたいと思います。
本日の聖書箇所は、
聖書箇所:
コロサイ人への手紙3章1-17節
・新改訳Up360・新改訳Vp392
・口語訳p316・新共同訳p371・現代訳p365
です。
司会者お願いします。

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聖書箇所のテキスト
3:1こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。
3:2あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。
3:3あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。
3:4私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。
3:5ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。
3:6このようなことのために、神の怒りが下るのです。
3:7あなたがたも、以前、そのようなものの中に生きていたときは、そのような歩み方をしていました。
3:8しかし今は、あなたがたも、すべてこれらのこと、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを、捨ててしまいなさい。
3:9互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは、古い人をその行ないといっしょに脱ぎ捨てて、
3:10新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。
3:11そこには、ギリシヤ人とユダヤ人、割礼の有無、未開人、スクテヤ人、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。
3:12それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
3:13互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
3:14そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。
3:15キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。
3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。
3:17あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。
コロサイ人への手紙3章1-17節
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はいありがとうございます。
では、主題聖句の暗唱を、教会学校の皆さんでお願いします。

<あんしょう>

はい、ありがとうございます。
では、皆さんで言いましょう。

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あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。
コロサイ人への手紙3章2節
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では、今日はこのところから、「天にあるものを思う」と題しまして、御言葉を共に見てまいりたいと思いますが、御言葉に入ります前に、パキスタンの地震の為に祈りたいと思います。
入り口のところに、国際飢餓対策機構の取り組みを掲示しましたが、パキスタンの地震は大変な被害となりました。
私たちの教会としても、何か出来ることがないか考えたいと思いますが、まず、今、しばらくこのことの為に祈りたいと思います。

皆さんお祈りしましょう。
パキスタンの地震で被害に会われた方々の為に、今も進む救助活動が円滑に進むように、そして、人々が一日も早く穏やかな生活を取り戻すことが出来るように。速やかな復旧の為に。
このような状況の中でも、人々が福音により、神を知り、平安を得る事が出来るように。

<祈り>

では、お話にもどりたいと思いますが、聖書の通読は、新約はコロサイからテサロニケ、そして、旧約は、イザヤが終わり、エレミヤに入ります。
又少しお話がそれますが、今、御手元にある聖書が全部でいくつの書からなっているかご存知でしょうか?
多くの方はご存知と思いますが、旧約聖書が39巻、新約聖書が27巻で併せて66巻の書から出来上がっています。
旧約聖書が39巻
新約聖書が27巻
合計66巻
これを覚えるのに、3かける9で27と覚えると覚えやすいというお話を聞いたことがあります。
それより、聖書は66巻の書から出来ているわけですが、今もう少しで通読の終わるイザヤ書は何章ありますか?
これは、66章に分割されています。イザヤ書は、多くの面で、旧約聖書と新約聖書を橋渡しする書ですが、
新約聖書、旧約聖書をあわせたのが66巻である事とイザヤ書が66章である事、これも良く知られていることですが、覚えて置いてください。
イザヤ書は聖書の中の聖書といわれますが、このようなことも、そのように言われる一つの理由であります。
イザヤ、エレミヤ、と続くこれらは、滅亡へと向かうイスラエルの姿が描かれていて、しかし、その中で叫ばれる神様の愛の深さが教えられるところです。
是非皆さん。聖書を読みましょう。

さて、本日の聖書箇所に戻りたいと思います。
今回の聖書箇所はコロサイ人への手紙です。
コロサイはラオデキヤの南東に位置する所です。
このコロサイに起っていた問題に対処する為に、パウロはこの手紙を書きました。

本日の聖書箇所は、地上ではなく、天のものを思いなさいということですが、イエス様は言われました。

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持ち物を売って、施しをしなさい。自分のために、古くならない財布を作り、朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。そこには、盗人も近寄らず、しみもいためることがありません。
ルカの福音書12章33節
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ここで、イエス様は、宝を天につむようにといわれました。
では、宝とはなんでしょうか?
地上で宝というのはいったいなんでしょうか?先日、3600万円のティアラが大阪市北区の阪急百貨店で盗まれたとの記事を読みました。
これなども、大変な宝でしょう。でも、この宝は天に持っていくことの出来ない宝です。
今回の村上ファンドの事件なども、大きな宝を求めてのことでしょう。
私は別に阪神のファンではないのですが、経営の甘さとかそういうことは横においておいて、
いま、阪神と言う野球のチームが頑張っているその裏で、その株の変動をうまく利用して買い占めてしまった
私などには、テーブルの上のお菓子を、話に夢中の友人の隙をついて、全部食べてしまったみたいな狡さを感じられ、
村上氏のやりかたについて、ただ、弱肉強食の生き方なんだなあ、お金を追求しているんだなあと思いました。
でも、これも、天にもっていけない宝です。
では、天に持って生ける宝はなにか?

そのこととして、イエス様は言われました。
持ち物を売って、施しをしなさい。

わたしたちが、持ち物を握り締めているのでなく、それらを施すことは、天に宝を積むことだということです。

この中で、上にあるものを求めると書かれていますが、逆に地上で私たちが求めているものはなんなのか?
それが、3章5節に書かれています。
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3:5ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。
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ここで、悪い欲、そして、むさぼりとあり、これが、偶像礼拝だと書いてあります。

すこし、ここで、偶像礼拝について考えてみたいと思いますが、多くの偶像礼拝は地上のものを求めて行われます。
どういうことかというと、ご利益による信仰です。
ここに拝めば商売が繁盛するとか、ここに拝めば学問が成就する。それは、皆、自分の利益を求めてのそして、地上の利益を求めての信仰です。
もちろん、私たちの信じる神様は、天と地を造り治めておられる方ですから、この方に祈るとき、地上のことでの祝福もあって当然です。
しかし、私達に対して、神様が求めておられるのは、それらを求めることでなく、天のものを求めること、そして、天に宝を積むことだということです。
では、私たちが天に宝を積むとはどういうことでしょう。
たくさんの献金を教会にすることでしょうか?

私たちが、献金するのはなぜですか?
献金には、4つの種類があると考えています。
それは、感謝の捧げ物、十分の一の捧げ物、請願の捧げ物、進んで捧げる捧げ物です。
これらは、結局のところ、それを捧げる方の神様との関係、そして、信仰です。

信じていますといいながら、献金しませんと言われる方が居られます。
最近もそういう方とお話をしたのですが、結局のところ、心のそこで、信じることの出来ていなことがわかります。
わたしたちが、信じているなら、わたしたちは神様に捧げます。
それは、見えない神様に対する私たちの信頼だからです。

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十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。
マラキ書3章10節
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神様は、私達に、収入の十分の一を捧げるようにいわれます。
このことは、変わらない基本だということを覚えておいていただきたいと思います。

また、たくさんの献金を慈善事業に使うことでしょうか?
しかし、こうも書いてあります。

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世の富を用いる者は用いすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです。
コリント人への手紙第一7章31節
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事業をやって、たくさんお金を集めて、そして、献金される方がおられます。
それは、素晴らしいことです。しかし、もし、その方が、所詮お金が大事だとか、
自分がいくら献金したからとかで、天に宝を積んだと考えるなら、それもまた問題です。

そして、イエス様は、言われました。

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12:42そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。
12:43すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。
マルコの福音書12章42−43節
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少し献金して一番たくさん入れたといわれるなら、貧しいほうがいいじゃないかとか、そういう言葉が飛んできそうです。
裕福な方が100万円献金している横で、200円献金した人がいて、そちらの方がたくさんしたといわれたら、腹が立つかも知れません。
しかし、そのときの心を神様は見ておられます。
豊かな人が豊かなのが、神様が与えてくださったからである事をその方が認め、そして、感謝しているなら、不平を感じないのではないでしょうか?
私たちの心を神様は見ておられるのです。
私たちは、なぜ捧げるのですか?それは、神様への愛であり、信仰です。

また、なぜ、施すのですか?それもまた、神様が造られたおたがいへの愛。また、神様が互いに愛し合いなさいと命じられた命令の為です。

そうすると、12節から後が続きます。

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3:12それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
3:13互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
3:14そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。
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ここで、上にあるものを思うことと、私たちが、深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけ、そして、赦しあい、愛をつける事が、同じであるとわかります。
ここに上げられているものも、ちょうど7つで、武具と同じ数ですが、天に宝を積むとは、これらの事を身につけていくことです。
私たちは、神の7つの武具を身に付け、また、神の愛という宝を天に積むのです。

しかし、このようにお話しすると、言う方がおられます。
じゃあ、私は、愛していますから、天に宝をつんでいます。
だから、献金しなくて大丈夫ですね?

それは、大きな間違いです。
もし、あなたの愛が本当なら、あなたは誰よりも捧げるはずです。
わたしたちの愛が本当なら、それは、行動に変わるのです。
ですから、もし、あなたの行動がそうでないなら、あなたは悔い改めて祈らなければなりません。

そして、私たちは、本当の宝を、
それは、神様との関係、人との関係。
神を愛し、隣人を愛すること、
神に対する愛、隣人に対する愛を持つことです。
その本当の愛を持ちましょう。
それは、私たちが、本当の愛を見上げる中で培われるものです。
その本当の愛はなんですか?
それが、イエス様の十字架です。
ですから、イエス様を見つめて歩みましょう。
では、しばらく祈りましょう。



[[祈りの課題]]・御言葉への応答・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。八幡の教会の事件で傷ついた人々の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
(テロからの守りの為に。テロリスト達が悔い改める為に)
・日本の政治が正しく行われるように。
・台風、ハリケーン、地震、津波等の自然災害、事故、テロの被害者の為。対策と復興の為に。
・主がこの日本の子ども達と子ども達にかかわる人々を守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。



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