礼拝でのおはなし
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神の言葉の力
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11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたが
たを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたし
から学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」 
マタイの福音書11章28−30節
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--- 祈り ---

聖なる聖なる聖なる主をたたえます。
主は、御言葉によって世界を創造し、御言葉によって、世界をおさめておられる方です。
この主を称えつつ、主のみ言葉を開いてまいりましょう。

さて、さっそく、御言葉を見てまいりたいと思います。

今日は、マタイの福音書の8章23節から33節です。
司会者お願いします。

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8:23 イエスが舟にお乗りになると、弟子たちも従った。
8:24 すると、見よ、湖に大暴風が起こって、舟は大波をかぶった。ところが、イエスは眠ってお
られた。
8:25 弟子たちはイエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。「主よ。助けてください。私た
ちはおぼれそうです。」
8:26 イエスは言われた。「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。」それから、起き上がって、
風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。
8:27 人々は驚いてこう言った。「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方
なのだろう。」
8:28 それから、向こう岸のガダラ人の地にお着きになると、悪霊につかれた人がふたり墓から出
て来て、イエスに出会った。彼らはひどく狂暴で、だれもその道を通れないほどであった。
8:29 すると、見よ、彼らはわめいて言った。「神の子よ。いったい私たちに何をしようというので
す。まだその時ではないのに、もう私たちを苦しめに来られたのですか。」
8:30 ところで、そこからずっと離れた所に、たくさんの豚の群れが飼ってあった。
8:31 それで、悪霊どもはイエスに願ってこう言った。「もし私たちを追い出そうとされるのでした
ら、どうか豚の群れの中にやってください。」
8:32 イエスは彼らに「行け。」と言われた。すると、彼らは出て行って豚にはいった。すると、見
よ、その群れ全体がどっとがけから湖へ駆け降りて行って、水におぼれて死んだ。
8:33 飼っていた者たちは逃げ出して町に行き、悪霊につかれた人たちのことなどを残らず知らせ
た。
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では、本日の主題聖句を、教会学校の皆さんお願いします。

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主題聖句:イエスは言われた。「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。」それから、起き上がっ
て、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。
マタイの福音書8章26節
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さて、今日はこのところから、神の言葉の力と題しまして、御言葉を共に見ていきましょう。

今回の聖書箇所は、イエス様が、この地上で歩まれたその姿です。
イエス様は、船に乗り、ガリラヤ湖を渡られました。
ガリラヤ湖は、急に天候の荒れることのある湖だそうです。四方を山に囲まれているからでしょう
か?
その時も、湖に大暴風が起こりました。そして、舟が大波をかぶりました。

弟子たちは、舟が沈まないように必死です。
ところが、その時、イエス様は眠っておられました。

弟子たちは主イエス様をおこして、助けてくださいと大騒ぎです。
ところがそのとき、イエス様はいわれました。

なぜこわがるのか信仰の薄いものたちだ。

主は、信仰が薄いと、彼らをしかられました。

聖書は信仰について、こう定義しています。

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信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。
ヘブル人への手紙11章1節
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しかし、その信仰は、何によって、始まるでしょうか?

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そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
ローマ人への手紙10章17節
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信仰は、聞くことから始まります。
では、何を聞くのでしょうか?
それは、キリストについてのみことばだと聖書はいいます。
私たちの信仰は、何から始まりますか?

それは、キリストについての神のみことばです。
キリストについての神の御言葉。
と、聖書はいいますが、そもそも、御言葉は、すなわちキリストです

なぜなら、聖書にこう書いてあるからです

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初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神
とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらず
にできたものは一つもない。
ヨハネの福音書1章1-3節

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来
られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
ヨハネの福音書1章14節
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ここで言うこの方は、イエス様です。
このことば、初めに神とともにあった神の言葉は、天と地を造られた創り主であり、また、
この方が、人となって私たちの中に住まわれました

父のみもとからこられた、一人子としての栄光と書いてありますが、
この方は、神の言葉、そして、神の一人子であるかたです。
イエス様は、そのような方であるという事を、皆さん忘れないで下さい。

わたしたちは、歴史上の立派な方や、偉人と言われる方々と、イエス様と一緒にしては、なりませ
ん。
イエス様は、神のことばであり、神の子です。
そのかたが、私たちと共に住まれる。それが、イエス様です。

私たちは、この事を忘れないようにしましょう。

さて、今回のタイトルは、神の言葉の力です。
神の言葉はどんな力をもっているでしょう。
まず、神の言葉は世界をつくりました。

それが、このヨハネの福音書に書かれています。

そして、神の言葉は、人々をいやし、人々を救います。

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主はみことばを送って彼らをいやし、その滅びの穴から彼らを助け出された。
詩篇107篇20節
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さて、この神の言葉は、この聖書の箇所で、何をしたでしょうか?
神の言葉であるイエス様がお命じになると、波は静まりました。
しかし、その前に、
神の言葉であるイエス様は、弟子たちに信仰の薄いものたちだと言われました。

なぜでしょう。
かれらは、言いました。
「わたしたちは、おぼれそうです。」
彼らは、自分たちがおぼれて死ぬのではないかと不安でした。
ここには、二つの意味があります。
ひとつは、自分たちがこの自然の力によって、滅ぼされてしまうという思いです。
しかし、それだけではありません。

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ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言
った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」
マルコの福音書4章38節
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これは、マルコの福音書ですが、ここでは、弟子たちは言っています。

「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」

弟子たちはいいます。
私たちがおぼれて死にそうでもなんとも思われないのですか?

これが、弟子たちにとっての、イエス様との関係でした。
イエス様への信頼でした。
イエス様は、御言葉のあらわれです。

御言葉の現れであるイエス様に対する信頼が、そして、イエス様との関係が、この言葉に表れてい
ます。
これは、イエス様の愛、神様の愛に対する疑いです。

私たちは、何を信じているでしょうか?
神様の偉大さでしょうか?
神様が世界を造られたことでしょうか?
しかし、私たちが一番知っていなければならないのは、神様の私たちに対する愛です。
いいですか?私達を、神様は愛しておられるのです。

たとえば、ある所に大きな会社の社長さんがおられたとします。
この方は、ビルや、工場や、鉄道も持っていました
その社長さんに一人の子どもがいました。
その子どもは、自分のお父さんが、大きな会社の社長で、たくさんのお金を持っていることは知っ
ていました。
でも、その子どもは、お父さんが自分の事を大切に思っている事を知りませんでした。
それで、ある時、家を飛び出してしまいました。かれは、家を出ると、その日その日の食べ物にも
困るようになりました。
その子どもは、食べ物も無く、飢えながら思いました。
どうせ、おとうさんは自分のことなど、どうでもいいんだ
死んでもなんとも思わないだろう。

でも、お父さんは一生懸命子どもを捜していました。
そして、お父さんはとうとう、子どもを探し当てたのです。
会社の大きな会社の社長である、いつもパリッとしたスーツを着ていたお父さんが、疲れて、くた
びれた格好で、子どもを探し当てた時、子どもは、思いました。
お父さんは、自分の事を愛していたんだ。

神の言葉は、一人の人間となって、神としての栄光を捨てて、地上に来てくださいました。
それが、神の愛です。

聖書はいいます。

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私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神
のうちにおり、神もその人のうちにおられます。
ヨハネの手紙第一 4章16節
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神様は愛です。
これこそ、神様をあらわす、最も大切な言葉です。

神様は偉大な方だ、神様は世界を造られた。神さまはお一人だ。
あなたは、そういわれるかもしれない。
しかし、それは、悪霊でも知っていると聖書はいいます。

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あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、
身震いしています。
ヤコブ2章19節
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ですから、私たちは、神様が、愛であること、神様が私達を愛して居られる事を知らなければなら
ないのです。

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私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神
のうちにおり、神もその人のうちにおられます。
ヨハネの手紙第一 4章16節
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神は愛です。そして、愛によって働く信仰が大事なのだと、パウロはガラテヤ人への手紙の中で言
います。

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キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰
だけが大事なのです。
ガラテヤ人への手紙5章6節
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この愛による信仰が、神様の栄光を表します。
この愛による信仰が神様の力を表すのです。

それは、神の愛に対する信頼です。
それは、神様の言葉に対する信頼です。
イエス様は、一人の百人隊長に対して言われました。

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これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われた。「あなたがたに言
いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」
ルカの福音書7章9節
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これは、大変な ほめ言葉です。
何を言ったから、イエス様はほめてくださったでしょう。
こう書いてあります。

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ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。
そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。
ルカの福音書7章7節
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これが、神に対する信頼、神の言葉に対する信頼です。
この神の言葉に力があるのです。

この神の言葉は、愛によって、働きます。
なぜなら、こう書いてあるのです。


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イエスは舟から上がられると、多くの群衆を見られ、彼らを深くあわれんで、彼らの病気を直され
た。
マタイ14章14節
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イエス様は、彼らを愛し、彼らを哀れんで、癒されたのです。
けっして、御自分の力を現すためではありませんでした。

ですから、私たちが、考えなければならないことは、愛です。

私たちの神様への愛。それは、神様の愛に対する信頼です。
そして、それは、神様の言葉に対する信頼です。
そして、それが、信仰なのです。

しかし、初めにもどりますが、

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そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
ローマ人への手紙10章17節
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と、書いてあります。

信仰は、聞くことから始まります。
何を聞くのですか?それは、キリストについてのかみの御言葉です。
なぜですか?なぜなら、キリストについての神の御言葉こそ、神の愛の表れだからです。

私たちは、この神様の愛をもとめて、御言葉を読みましょう
そして、神様を更に、愛し、神の御言葉を信頼して、宣言しましょう。
御言葉は私たち信じるものに何を約束していますか?
イエス様はこういわれました。

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するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできる
のです。」
マルコの福音書 9章23節
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そして、更に、こういわれます。

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信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新
しいことばを語り、
蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされま
す。」
マルコの福音書16章17-18節
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しかし、もう一度確認します。
この力はなにから来るのですか?それは、信仰です。
それは、キリストについての神の言葉です。
すなわち、神の愛を知ることです。
私たちは、この神の愛を知る為に御言葉を読みましょう。
そして、神様の栄光を表し、神様の無限のちから、どんなことでもできると言われた、その神の御
力をあらわすものとさせていただきましょう。


では、最後にこのことのために、またいつもの課題の祈りをいのりましょう。

<祈りの課題>・御言葉への応答・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
(台風、地震で被災された方々のため)
・主がこの日本の子どもたちを守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。




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