礼拝でのお話
テキスト版
画像がある場合
クリックで表示されます
※携帯で表示できない
物もありますので
ご了承下さい
トップページへ


音声ファイル
ワーシップ/メッセージ(MP3形式10/13作成)
※現在PCトラブルにより新規の音声ファイルが登録出来ません。
御了承下さい。
テキストの終わりへ



−−−−−−−−−−
シティーチャーチ
メッセージ2014/03/30  笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。 
−−−−−−−−−−
わたしの上に主の御霊がおられる。
−−−−−−−−−−

++++++++++
28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」 
マタイの福音書11章28−30節
++++++++++

<いのり>

皆さんハレルヤ。
聖なる聖なる聖なる主をたたえます。
主は力ある神全能者。神様に出来ないことはありません。
そして、神様は、あなたの為に良い事をして下さいます。
この方を覚えて御言葉を開いて参りましょう。

ではまず、災害にあった地域の為に祈りましょう。
−−−−−−−−−−
<災害にあった地域の為の祈りの課題>
1、原子炉が速やかに安全な状態になるように。作業者の身体と命が守られるように。放射能から守られるように。
2、余震がおさまるように。 3、被災者に慰めと励ましがあるように。心と霊のケアの為に。
4、被災者への救援活動が効率よく進められますように。ボランティアや作業者に助けと守りがあるように。
5、この国が霊的に目覚めて罪を悔い改めて神様に従う民となるように。
−−−−−−−−−−

聖書の通読箇所を見てみましょう。
−−−−−−−−−−
3月30日(日)[ ]ヨシ6-7/[ ]ルカ6:20-49
3月31日(月)[ ]ヨシ8-9/[ ]ルカ7:1-17
4月1日(火)[ ]ヨシ10-11/[ ]ルカ7:18-35
4月2日(水)[ ]ヨシ12-14/[ ]ルカ7:36-50
4月3日(木)[ ]ヨシ15-17/[ ]ルカ8:1-26
4月4日(金)[ ]ヨシ18-19/[ ]ルカ8:27-56
4月5日(土)[ ]ヨシ20-21/[ ]ルカ9:1-17
4月6日(日)[ ]ヨシ22/[ ]ルカ9:18-36
−−−−−−−−−−
旧約聖書がヨシュア記
新約聖書がルカの福音書です。
ヨシュア記は、エリコの攻略からはじまります。
エリコは要塞のような町でしたが、非常に不思議な方法で神様はこの町を落とされました。
どのような方法か知っている人も知らない人も聖書を読みましょう。
こうして、彼らは、約束の地に入りその地を部族毎に分割します。
ルカの福音書は、イエス様の歩み、イエス様の語られた言葉が書かれています。
皆さん。是非聖書を読みましょう。
聖書を読むとき、あなたは、イエス様に触れるのです。
そして、神様の栄光がそこに表されます。

では、今日はルカの福音書の7章を開いて参りましょう。

−−−−−−−−−−
【 聖書箇所 】 ルカの福音書7章24-35節
・新改訳Up112(贈呈p101、英対p185)
・新改訳Vp123、英対p138(贈呈p116)
・口語訳p96
・新共同訳p116(贈呈p116、英対p180)
−−−−−−−−−−

朗読を御願いします。
++++++++++
聖書箇所のテキスト 】ルカの福音書7章24-35節
7:24 ヨハネの使いが帰ってから、イエスは群衆に、ヨハネについて話しだされた。「あなたがたは、何を見に荒野に出て行ったのですか。風に揺れる葦ですか。
7:25 でなかったら、何を見に行ったのですか。柔らかい着物を着た人ですか。きらびやかな着物を着て、ぜいたくに暮らしている人たちなら宮殿にいます。
7:26 でなかったら、何を見に行ったのですか。預言者ですか。そのとおり。だが、わたしが言いましょう。預言者よりもすぐれた者をです。
7:27 その人こそ、『見よ、わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』と書かれているその人です。
7:28 あなたがたに言いますが、女から生まれた者の中で、ヨハネよりもすぐれた人は、ひとりもいません。しかし、神の国で一番小さい者でも、彼よりすぐれています。
7:29 ヨハネの教えを聞いたすべての民は、取税人たちさえ、ヨハネのバプテスマを受けて、神の正しいことを認めたのです。
7:30 これに反して、パリサイ人、律法の専門家たちは、彼からバプテスマを受けないで、神の自分たちに対するみこころを拒みました。
7:31 では、この時代の人々は、何にたとえたらよいでしょう。何に似ているでしょう。
7:32 市場にすわって、互いに呼びかけながら、こう言っている子どもたちに似ています。『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、泣かなかった。』
7:33 というわけは、バプテスマのヨハネが来て、パンも食べず、ぶどう酒も飲まずにいると、『あれは悪霊につかれている。』とあなたがたは言うし、
7:34 人の子が来て、食べもし、飲みもすると、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』と言うのです。
7:35 だが、知恵の正しいことは、そのすべての子どもたちが証明します。」
++++++++++

では、主題聖句を言いましょう。
++++++++++
【 主題聖句 】
笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、泣かなかった。
ルカの福音書7章32節
++++++++++
聖書にはいろいろなことわざの元になることが出てきます。
今回の箇所もそうです。
笛吹けど踊らずといいますね。

目からうろこなどもそうです。

他にもいろいろありますが、昨日、キッズの祈り会が武庫之荘でありまして、そこで、キッズの丸本先生とお話ししていて、
元祖ちゃぶ台返しはイエス様だとか、
元祖ダウンロードは、モーセの十戒だとか、
元祖オレオレ詐欺はヤコブだとかいう話がありました。
全ての元祖は、聖書にある。という。
まあ、一つ一つ使えばなんどか使えるネタを一挙に使いましたが、また、どこかで使うかも知れません。
その時は、はじめて聞いたと思ってください。

あとになりましたが、このキッズのためのお祈りをありがとうございます。

笛吹けど踊らずで思い出したのですが。
水曜日から金曜日までのキャンプの為のお祈りありがとうございました。
素晴らしいときを与えられて感謝します。
今回は、私は小学校6年生の子どもを6人担当させていただきました。
小学校6年生というと、何にでも反応してくれて、それだけに大変でしたが、非常に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

キッズの子どもたちもそうですし、キャンプの子どもたちもそうですが、この子どもたちが、これからの日本の教会を支えるのだとそう思います。
どうぞみなさんお祈りください。

本題にもどります。

読んで頂いた聖書の箇所には、ヨハネという人が出てきました。
これは、バプテスマのヨハネのことです。

実は、このヨハネとイエス様とは親戚です。
イエス様のお母さんであるマリヤが親戚のエリサベツのところに行ったということが書いてあります。
このエリサベツから生まれたのがバプテスマのヨハネです。

このヨハネについて、イエス様は言われました。
++++++++++
その人こそ、『見よ、わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』と書かれているその人です。
ルカの福音書7章27節
++++++++++

そして、マラキ書にはこう書いてあります。
++++++++++
「見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている。」と万軍の主は仰せ
られる。
マラキ書3章1節
++++++++++

さらに、マラキ書にはこうも書いてあります。
++++++++++
5 見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。
6 彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」
マラキ書4章5−6節
++++++++++

バプテスマのヨハネは、エリヤの霊によって、イエス様への道を備えるために使わされたのです。

彼は、何を語ったのでしょう。
++++++++++
バプテスマのヨハネが荒野に現われて、罪が赦されるための悔い改めのバプテスマを説いた。
マルコの福音書1章4節
++++++++++
彼は、悔い改めのバプテスマを説いたのです。
バプテスマは洗礼です。これは、悔い改めを明確にあらわすため、水の中につかる儀式です。

バプテスマのヨハネは、形の上では、律法を守って生活しているパリサイ人や、神殿で奉仕をしているサドカイ人たちにさえ言います。
++++++++++
7 しかし、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けに来るのを見たとき、ヨハネは彼らに言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。
8 それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。
9 『われわれの先祖はアブラハムだ。』と心の中で言うような考えではいけません。あなたがたに言っておくが、神は、この石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。
10 斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。
マタイの福音書3章7−10節
++++++++++

まむしのすえたち。
まむしとは、蛇です。
蛇は、エバを誘惑した悪魔の事です。
その末というのですから、非常に悪いものたちだと言うことです。

ヨハネはそのように厳しく、人々の罪を責め、悔い改めをうながしたのです。

しかし、本当は、人は皆、罪びとなのです。
++++++++++
それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。
ローマ人への手紙3章10節
++++++++++

誰も、神の前で、自分が義人だということの出来る人、罪がないと言うことの出来る人はいないのです。
だから、悔い改めよとヨハネは言います。

さて、悔い改めとはどんなことでしょう。
悔い改めは、悔いて改めることです。
そのままやな。と思われた方。そうです。
では、何を悔い、何を改めるのでしょう。

例えば、賭け事に失敗して沢山失った人がいるとします。
そのとき、悔い方にも何種類かあります。
その中で大きく二つに分けますと、一つは、賭け方が悪かったと言う悔い方です。
あっちにかけておけば良かったのに、と、いつまでも考えるような人もおられます。

そうではなく、賭け事そのものをやらなければ良かったと言う悔い方があります。
大事なのは、そのような根本を改める悔い改めです。

賭け事でなく人生と考えますと、人生にはいろいろな選択があります。

人生を歩む上でも、あっちを選べばよかったか、こっちを選べば良かったか、失敗したら、私は馬鹿だったと思い、悔やむ。
どっちが良かったかと、あれこれ考える。そのために人は占いに頼ったりもします。

ラッキーカラーは何とか聞くと、あとで、ああ、この色が足りなかったのだとか、そんなことを考えてしまう。

人は、先のことが自分にとって良いか悪いかわかりません。また、どちらが良いか、目の前で選んだことでその先が変わると思います。
確かに人生の選択は必要です。

しかし、聖書にこう書いてあります。
++++++++++
あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。
イザヤ書30章21節
++++++++++

あなたが右にいっても左にいってもこれが道だと語られるのです。
右に行くか左に行くか、どの色の服を着るとラッキーか、そんなことは関係がありません。
右でも左でもいいのです。

しかし、その前にこう書いてあります。
++++++++++
20 たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜わっても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。
21 あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。
イザヤ書30章20−21節
++++++++++
乏しい状況の中でも、あなたの目はあなたの教師を見続ける。
あなたの教師とは誰ですか。
それは、イエス様です。
++++++++++
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
ヘブル人への手紙12章2節
++++++++++
イエス様から目を離さないなら、右に行こうと左に行こうと関係ない。

だから、人生にとって大切なことは、どこに行くかではなく、誰と行くか、どう歩むかではなく誰と歩むかです。

私は、自分の妻と言う素晴らしい道ずれを与えられたことを感謝します。
妻は良い所は沢山ありますが、一番大事なことは、彼女がイエス様を信じていることです。
イエス様と一緒に歩んでいる人でした。

それで、いろいろなことがあっても一緒に神様と共に歩むことが出来ました。

イエス様を信じてから、私は、イエス様と共に歩む人生になりました。
そして、その後、結婚してからイエス様と私と妻とで歩むようになったのです。

皆さん。イエス様に目を向け、イエス様と共に歩みましょう。

そうすると、悔い改めとはなんですか、それは自分一人の人生から、神様と共に歩む人生に変わると言うことです。

ところがこの時代の人は、イエス様のすることも、バプテスマのヨハネのすることも受け入れませんでした。
++++++++++
32 市場にすわって、互いに呼びかけながら、こう言っている子どもたちに似ています。『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、泣かなかった。』
33 というわけは、バプテスマのヨハネが来て、パンも食べず、ぶどう酒も飲まずにいると、『あれは悪霊につかれている。』とあなたがたは言うし、
34 人の子が来て、食べもし、飲みもすると、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』と言うのです。
ルカの福音書7章32−34節
++++++++++
自分の人生を変える気がなかったからです。

バプテスマのヨハネの行動と、イエス様の行動は対照的です。
しかし、大きな共通点は、神様が言われた事を行っているということです。

そして、それが、神様との関係を表しています。
++++++++++
28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
マタイの福音書11章28-29節
++++++++++
イエス様と歩むことが大切なのです。

心をやわらかに、主の御声に従い、主とともに歩ませていただきましょう。

++++++++++
【 主題聖句 】
笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、泣かなかった。
ルカの福音書7章32節
++++++++++

お祈りしましょう。


<祈り>



[[祈りの課題]]・御言葉への応答 ・イスラエル・エルサレムの為。
・母教会グレイスチャペル、近隣の教会の為。教会の問題で傷ついた人々の為。
・東邦ビル、牧野、枚方、京阪沿線、淀川と流域の町々、関西、日本、世界の為。
(テロからの守りとテロリスト達の悔い改めの為に)
・日本の政治、大阪府の府政、枚方市の市政が正しく行われるように。リーダー達が主に謙る様に。
・台風、ハリケーン、地震、津波等の自然災害、事故、テロの被害者の為。対策と復興の為に。新型のインフルエンザ等からの守りがあるように。備えが出来る様に。
・主がこの日本の子ども達と子ども達にかかわる人々を守って下さる様に。
・シティーチャーチの為、問題を抱えた人々の為、この群れの子どもたちの為。
・JMC、KFSM、NRAの為に。 ・EMPOWERD21の為に。

−−−−−−−−−−
シティーチャーチメッセージ2014/03/30  笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。 
−−−−−−−−−−



最新の音声ファイルはこちら
(MP3形式.PCのみ再生可)
※拡張子をMP3からmp3に変更(20130728)
・ワーシップ
http://www.cityc.net/weekly/worship.mp3

・メッセージ
http://www.cityc.net/weekly/message.mp3


テキストの先頭へ
INDEXへ
TOP Pageへ